画像: 素直な思いを短歌にしてみませんかというので

素直な思いを短歌にしてみませんかというので

えええーーーーーーー@@
びっくりし過ぎて~~~
でもいいことなのだろう(ということはわかる。よかったのだ)
世の中ってこういうことか~~
またはじまるのはよいことだ
プラスの面を探していくべきなのだ
そんなことより次に行かなくちゃ
行けるかよ次になんか
両者が闘ってただいま後攻が優勢←イマココ
はぁ
自己肯定ヨガでも始めようかな
きょう午後、前に何度か短歌講座をしたことのある某市の公民館から、
「介護百人一首の〆切が9月なので8月に短歌講座してください」というオファーが来まして、
へ?なにいうてんの?と思って試しにググったら、
なんと「新」のHPがヒットーーー!!
ショッキングなことでして一人で受け止められなかったので
だい~~ぶ書いては消し、書いては消ししながらアップしましたーー@@
メンタルって、フィジカルな傷とは違い、
いま確かにケガした、とか、血が出てるーとか
骨まで折れてるーとか
傷の深さどれぐらいとか、
見えないんですよね。
自分は痛いのかどうかさえわからない。
だから、特に何もなかったものとしてフタをして、次にいこうとしがちです。
昔まさにそれやっちゃったことがあって、
わたしはこんなことで落ち込んでる場合じゃない、
別になにも傷ついてない、さっさと立ち上がらならくてはと
誰にも相談もせずにいて、
気づいたら何にもやる気失ってた~みたいな時期がありました
自暴自棄で
自分のことも嫌いだし、
人も嫌いだし。
失ったことばかり考えて
今ある仕事からも逃げて
悪循環
病院にこそ行かなかったけれど。
結構何年間も、
長い低迷期がありました
なのでわたしがいま「農ライフ」って言うのは、
人に必要とされないことを嘆くよりも、
野菜の世話をすることで、自己肯定感が高まることを
経験としてやってきたからです。
この間、散歩してたら本屋さんで「自己肯定ヨガ」っていうの見つけて
「自信の持てない女子たちへ」みたいな帯が付いていた。
おお~~、
これだと思った。
わたしも必要としているし、
世間でも必要としている人が多いから、こういう本が本屋に並ぶのだろうと思った。
今や「自己肯定」は、レッスンやトレーニングで手に入れないといけない時代だろうと。
うちは母親が否定的な人だったので、
特に言葉にはしてこなかったけれど、自己肯定はわたしの永遠のテーマである。
自分に自信がある人は、だいたい素直であり、いい性格なので
そういう人を見ると、すごいなと思う。
うらやましいなと思う。
野菜を育てると、なぜ自己肯定感が増すのか。
自分は彼らを天から眺める神の境地であり、優位だからか、
いやそうことではなく、
眺めていると、
生命の健気さに、素直に感動し、学ばされるのである。
例えば野菜をプランターから引っこ抜いても、
捨てられたことにさえ気づかずに
放り投げた先に土があればそこに根を張ってまた成長する
成長あるのみなのだ
そこに嘆きはない
やさぐれもない
かわいく健気なものを愛でると、純粋に心が安らぐのだ。
自分が人に(社会に、親に)可愛がられたい(のに可愛がられていない)という受け身の時よりも、
能動的になることで(可愛がる側になる)、わたしは満たされるのである。
可愛がられたい時は満たされない。
可愛がると満たされる。
これはどういうことだろうか。
立ち位置の違いだろうか。
さて、
介護短歌は、行き場のない思いの吐き出しツールだと、わたしなりに捉えて発信してきたので、こういう時こそ短歌をつくらねばなりません。
憂うより次へいこうと言う我と行けるかの攻防ただいま後者
これで応募しよかな~
入選したりして~~~
ああ~~~ワクワクしてきたーーー
するかーーっ!
https://www.nhk-sc.or.jp/kaigo/
応募は9月まで
ベジアナ

ameblo.jp

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