画像: 恵方巻きを過剰に作らないスーパーさんえらいねで終わる話じゃないのでは。本当の食の問題は。

恵方巻きを過剰に作らないスーパーさんえらいねで終わる話じゃないのでは。本当の食の問題は。

ソウルで年末に食べたのり巻き
キンパです
ファーストフードみたいなお店
注文は紙にチェ〜ック!
いわゆる安い居酒屋さんみたいなシステム
友達とキンパとチーズラーメンを頼んだ
どっちがどっちか忘れたけど3000ウォンとか3500ウォンとか
とにかく400〜500円の話です
なのに、注文を受けてからひとつずつ手づくりなのに、わたしは密かに感動した。
(わあ目の前で作ってくれるんだ)
パパパ〜〜っと、具を海苔とごはんに巻いて〜〜
出来上がり!
キムチ入り〜!
できたてキンパ!!️
と、チーズラーメン食べた。
溶けるチーズ乗せただけ〜〜
言いたい話はここから。
このところ、節分の恵方巻きの廃棄や食品ロスや、
余剰を出さないために広告で意思表示した兵庫県に6店舗だったか展開するヤマダストアの話題がネットニュースになっている。
よほど話題に飢えているのか、多くの人が一様にそのスーパーを称えているけれど(それについて全く異論はないけれど)
ことの本質は「意思表示したスーパーさん、えらいねぇ」じゃないのではないか。
食べものは、食べるために作るんです。
売るために作ると思っている人が多いけれど。
食べものは工業製品ではありません。
倉庫に保管しておけない。
ストックしておけるのは炊く前のお米、海苔、水を戻したり火を通す前の乾物。
野菜も基本は鮮度だから。
ということは、
注文を受けてから作る韓国のキンパが、いちばん安心安全で、かつ、サステイナブルだなあと思ったという話。
余計な添加物も入らない。
日本はなんでもセントラルキッチンで、スーパーでさえ作りおき。よって過剰包装。
もちろん、お弁当やテイクアウトできる食べものは大事だけれど、
注文聞いてから作る(つくる人の仕事が目に見える食べもの(この場合巻き寿司))が、高級寿司店や回る寿司店だけだという国が〜〜〜、果たして豊かな食文化と言えるだろうか。
だいたい巻き寿司ぐらい家で〜〜〜〜
いいや、家ではなかなか作ら(作れ)なくなったから、
中食のスーパーやコンビニの巻き寿司はありがたいのだけれど、
きょうたまたま「米のマッチングフェア」の会に参加して感じたのは、
当たり前だけど、業者は安いお米を買って加工して売るのが仕事。(安ければ安いほど嬉しい)
家庭では、どうせなら「おいしいお米を買おう」とふつう思うじゃないですか。家族においしいねと喜んでもらうために。(例え一人でも自分自身がこれおいしいなあと微笑むために)
でも業者は違うんです。(もちろん不味すぎるものは論外ですが)
業者は安く仕入れ、大量に販売することで、売り上げを多くしようとする。
それ自体は悪いことでは決してないのだけれど、
そうしていると、お米が、米粒が、田植えして心配して穂が出てまた心配してやっと稲刈りした結晶であるお米が、食べものに見えなくなってくるんですよね...。
工場で製品をつくるための原料、マテリアルになってしまう。
もうきりがないからやめますが〜〜〜。
作りたてのキンパ!
おいしそうでしょ〜〜(๑>◡<๑)
注文受けてから作って売る限り、廃棄は出ません。
韓国は合理的過ぎてびっくりするようなところもあるけど、食文化に関してはかなりしっかりおいしく鮮度、具材、調理、伝統やこだわりを持っている気がしたなあと改めて思ったもので。
昔、村上春樹さんが古いエッセイで書いていた。
町から豆腐屋さんが消えつつあることについて、
豆腐というのは、朝つくられたものをその日に買ってその日に食べる。
それでいいんだ。
パリの主婦は毎朝パンを買う。
翌朝は、またその朝のパンを買う。
日持ちさせようとするところから余計なものの添加が始まるんだと。
(ま、廃棄の話とは違うけどね)
食べものは食べるためのものなんだってこと。
金に替える道具じゃない。
何があるべき人間の仕事か。
考えないといけない時期にきている気がしますねえ。
つぶやき以上!
ベジアナ 巻き寿司食べたくなってきたーーーーアナあゆみ

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