画像: ジャック・ピュイゼ先生の味覚教育とワインセミナー「誰も自分の代わりに味わうことはできない。」

ジャック・ピュイゼ先生の味覚教育とワインセミナー「誰も自分の代わりに味わうことはできない。」

ワイン醸造学者で味覚研究所創設者のジャックピュイゼさんが来日されました。
11/7には食生活ジャーナリストの招きで「五感で感じるシンポジウム〜新しい子どもの味覚教育とは」があり、
11/8は、アグネスホテルでジャックピュイゼさんとソムリエ田崎真也さんに学ぶトゥーレーヌのワインと日本とフランス料理のマリアージュの会でした。
田崎さんが国内のソムリエ大会に81年に出場した時の審査員がピュイゼさんだったそうです。
昨晩はワインのコメントはすべて田﨑に任せるとおっしゃたそうで、それを受けて、
ひとつのワイン、ひとつの料理についての田崎さんのコメントがものすごく膨大で長編で多角的で簡単ではなく果てしもなく、いつまでも続くので、私たちのはその「壮大な語り」にびっくりしましたーーー。
つまり「味わう」とは「感じたことを言葉に変える作業」であるというピュイゼさんの味覚教育理論そのものでした。
ピュイゼさんが味覚教育研究所を立ち上げたのは、単なる食育ではなくて、味を感じて表現することで、その国の言語を豊かにすることに主眼が置かれているのです。
わたしは感動しました。
ピュイゼ理論とは例えばこういうことです。
「そこににんじんがある、が、それだけでは、にんじんの味というものは存在しない。人が口に入れて噛み砕き咀嚼したときはじめてにんじんの味が存在する。しかも、誰もあなたの代わりにあなたの味わいを知ることはできない。誰一人同じ母の乳を飲んで来た人はいない。人は唯一無二の存在であり、味の感想も違う、違ってそれでいい。味わうとは、食べて栄養を衛生的に吸収することだけでなくそこにプレジャー!喜びが存在する。身体だけでなく精神も養う。それが味わうことであり、表現することである。
ガストロノミーはレストランだけでなく家族の食事にもピクニックにも存在する五感すべてを駆使した総合芸術なのだ。
糧と食料は違う。
いま英語ではすべてFOODになったけれど、1848年以前の辞書には2通りの言葉があった。
食生活がモノトーンの国は、言語が衰退する。
チーズの表現は500
チョコレートは300
そしてワインの表現が一番豊かである。
日本人の食はNOBLEで、生で食べる文化もある。
しかし味わうことは大人も学び続けなければならない。
MAITRE ES SENS(感覚の導き手)になるように。
誰も自分の代わりに味わうことはできない。
今日の味は二度と再現できない。でも記憶することはできる。その置き換えるための手段が言語である。
我味わう、ゆえに我あり。
金子みすゞから
デカルトから一期一会まで
ピュイゼ理論の味覚教育とは単に舌の上の感覚に止まらない哲学であり、思想であり、人間とは、生きるとは、社会性とは、を問う情操教育でした。
昨日と今日の2日間で久しぶりにノート12ページ分書き留めて勉強し、いや〜感動的におもしろかった。
※読んでくれた人ありがとうございます。多分これ読んだだけでは理解できないと思いますが、味わうと同様、感動を外に表現してこと初めて社会的なコミュニケーションだということも習いましたので、覚え書きです〜。
ピュイゼさんの味覚教育がフランスで生まれた意味が少しわかった気がしました。
神楽坂のアグネスホテルで
小さくて感じのよいホテル
グラスはひとり7つ
エジプトの時代からはじまったワインづくり
ぶどうを発酵させたワインをヒトが飲む、ことは地球における「植物の水分」を介した循環である
トゥレーヌ地方
ワインはテロワール!土地の力!
1番最初はブリオッシュでした
シンプルな甘くないブリオッシュ
焦げたところと焼けていないところの味の違いを田崎さんが事細かくコメントしてびっくりしました〜〜
いちじくにゴマのソース
CHINON
新潟の岩魚のポシェ
ブールブランソース
石川産べにずわいがにと京都のかぶ、
茨城のれんこんの真丈〜〜〜
CHINONづくし
2011と2014
フランス産子牛のロニョンのロティ、リードボー、
イタリア産バターライス
答志島産さわらの杉板焼き
鹿児島産の牛フィレ
鹿児島産の牛フィレに木の芽味噌〜
小さな二切れ、これで十分ですねーーー
ロゼ
ゴーヤみたいなチーズは山羊!!
青森の赤かぶの千枚漬け
北海道のクリームチーズ
京都の油揚げ〜〜〜〜^^
アグネスホテルの大河原正裕総料理長
和食もフレンチもすばらし〜〜
ピュイゼさんの奥様もすてき。
味わいの表現と言語について。
今、和牛の輸出で世界中を駆け回る岩東香織さんと、
「天のしずく」で海外遠征も多い「きょうの料理」の矢内真由美さんと話していたら、英語圏の味の表現は確かに豊かとは言い難い。
ニューヨーカーが和牛食べた最高の表現は「amaizing!」だそう。本来味に限定した言葉ではないですものね。
日本の農業を考えるとき、日本とは、日本人とは、日本人が米を作り食べることとは、の延長で「日本語」について考えさせられます。言葉とは概念です。
日本語に「米」にまつわる言葉が無数にあるように、考え(思想・心)の豊かさと言語の豊かさは比例すると改めて意を強くしました。
そして、今回友達とああでもないこうでもないと味わいながらおしゃべりし合ったトゥーレーヌのワイン産地、ChinonとVouvrayに行ってみたくなりました。
11/7には食生活ジャーナリストの招きで「五感で感じるシンポジウム〜新しい子どもの味覚教育とは」の様子
ピュイゼ理論を日本に伝える淑徳大学 石井克枝先生の香りをかいで表現するワークショップ
五感で感じる
こどもの感性を引きだすピュイゼ先生のお話
東北大学大学院 坂井信之准教授
ピュイゼ理論について脳科学と心理学の観点から
最近の若者、おいしいを甘いと言い、まずいを苦いと言うそう。。。
学習院女子大学教授の品川明さん
しじみ先生
こどもに味を表現してもらう時、どう答えても「褒めない」「褒めてはいけない」という難しい話も飛び出しておもしろかったーーー。
褒めると、子どもは褒められる答えに「寄せていく」から。
まだ判断力のつかない子どもに自由に述べさせることが大事。
そして、味の表現に慣れて来ると、褒められなくも言いたい、表現したくなる、という心理の動きなど。
2日間、ものすごく感動して学びがたくさんありました。
「誰も自分の代わりに味わうことはできない。」
これがピュイゼさんのメッセージだとわたしは受け止めました。
ベジアナ:あゆ

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