画像: 勝手ながら茶道具の未来を考える(宮﨑寒雉さん伊東征隆さん二人展(日本橋三越にて

勝手ながら茶道具の未来を考える(宮﨑寒雉さん伊東征隆さん二人展(日本橋三越にて

十四代宮﨑寒雉さん(茶釜)と蒲池窯伊東征隆さん(土風炉)の
二人展が日本橋三越でありました。
宮﨑寒雉さんは、前田藩の時代(1652)に京都から招かれた仙叟宗室のもとで、加賀藩の御用釜師として360年以上金沢で続く茶釜師で、いまなんと十四代!
金沢時代、取材させて頂いたご縁で今もお声をかけていただき、なんと会期中2回も通ってしまいました~。
どうせ「追っかけ」するならジャニーズより茶釜師でしょう
展示会場の一角に立礼の茶室がございます。
会場の雰囲気にあわせた小ぶりの茶釜。
なんとも侘びた釜肌の風合いで、図録には「端正な造形と荒々しい釜肌」とありました。
寒雉さんは「うちの肌です」とおっしゃいました。
茶釜は鉄ですが、蓋は銅。
光り輝いて持ちやすいです。
お茶杓は「謝茶」
華やかなお茶碗でバランスをとっているんですね。
お茶は総合芸術。取り合わせにセンスがあらわれます。
落ち着いた金が品のよいお棗ですこと。
鶴首と呼ばれる形の銅製の花入です。
これも寒雉さん作。
茶釜だけではなく、茶道具の「金物」はすべておつくりになります。
お茶を一服いただいたあとは~作品展へ。
塩屋釜 仙叟好
貝や青海波の文様~
遠山釜 鵬雲斎大宗匠御好
これが有名な「焼飯釜」仙叟好み
(※調べると、2007年にも三越で作品展があり、お邪魔していました~)
おにぎりにきのこが貼り付いた逸話が日本昔話ぐらい感動的にすばらしい~。
これが有名な「焼飯釜」
巴姥口釜 坐忘斎御家元御好
十四代宮﨑寒雉さん
鉄製だから五徳もおつくりになります。
さて茶人クイズ~~!
このお軸の言葉、読めた人えら~~い*\(^o^)/*
茶人の心で解答お待ちしておりまーす。
2回目の訪問~
添え釜といって、裏千家の社中6組が日替わりでお茶を点ててくださいます。
お菓子も金沢の森八さんでした。
2回目は時分どきを狙いまして、あらお昼ですね~なんて話していますと、
三越の美術部の女性がそれならと、おすすめのお店を紹介してくださいました~!
かんちでデート~*\(^o^)/*(すみません~)
寒雉さんと日本橋天ぷらデートです。
なななんとカウンターで揚げたてを頂けるのです。
海老2本も!
きす最高~~~
かき揚げ、貝柱、海老、たっぷり~~~
天ぷらランチ後を激写!
寒雉せんせい~ご馳走さまでした。
ごちそうして頂きながらこんなこと書くなんてとってもあれですが、
ランチはお手頃価格でした。
日本橋「天松」さん、おいしくておすすめ~。
宮﨑寒雉先生、ありがとうございました~。(お昼をごちそうになった途端先生呼ばわりするんじゃないよ~~)
いやでもまじめな話、お茶を習う人には有名な茶釜ですが、茶釜に限らず茶道具をとりまくいわゆる日本の伝統工芸の未来は決して明るく楽しいものではなさそうです。
減りゆく消えゆく技と文化です。
鉄から茶釜を作ったらそれを納品するときの木箱「指物師」、結ぶひも「組ひも」など1つの工芸の周りにたくさんの技と人がいるわけですが、
金沢で仕事をする寒雉さんは、最終的にいちばん最後まで残るのは東京・江戸だろうとおっしゃいます。
お茶のお家元は京都ですが、やはり人口や経済のことを考えたら地方から消えてゆき、残るのは都会だろうと。
まさに人口減少と地方の過疎と重なります。
日本に昔から伝わるよいものを慈しんだり愛でたり楽しんだりして継承することが、使い捨てのものを消費する社会よりかっこいい風潮になればいいのにね。
久しく離れているお茶をまた習いたいなあなんて思いました。
※余談ですが2007年のカンチとデート!こんなの見つけました~。
釜師のシュミは!?
それからこのインタビューもオススメです。
宮﨑寒雉さんと先々代12代のお人柄もよくわかります。
380年前の祖先にならい76歳での現役を目指す BCN Bizline http://biz.bcnranking.jp/article/interview/hitoarite/1505/150528_139477.html
ありがとうございました。
ベジアナ小谷あゆみ

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