画像: 「有楽町よみうりホール 出雲国風土記シンポジウム」

「有楽町よみうりホール 出雲国風土記シンポジウム」

先日、珍しく真面目な(?)シンポジウムを聞きに行ってきました。
有楽町よみうりホールで開催された、
『出雲国風土記と古事記・日本書紀━出雲神話の深層を探る━』
という、出雲の奥深い歴史と魅力的な文化について語られる講演とパネルディスカッションです。
よみうりホールってどこかな・・・って思ってたら、ここだった!!
あぁ、ここねここね~~
『古事記』と『日本書紀』は、日本の歴史を語るのに欠かせないもの。
約1,300年前に書かれた書物で、特に『古事記』は日本で最も古い歴史書なのです。
今回はその2つに加え、もうひとつの歴史書、『風土記』も併せてその内容を読み解き、
歴史を探ろう!というシンポです。
風土記は律令制になった時代のそれぞれの国が、天皇に報告するために献上した、
それぞれの地域の報告書でした。
当時日本には、現在の47都道府県のように小さな国に分かれていました。
68の国があったと言われており、それぞれが風土記を提出したと言われています。
しかしこの風土記はほとんど残っておらず、今の時代に受け継がれているのは5つと言われています。
まとまった形での現存は、常陸(茨城県)、播磨(兵庫県西南部)、豊後(北部を除いた大分県)、肥前(佐賀県と壱岐・対馬を除いた長崎県)、そして出雲(島根県東部)です。
中でも「出雲国風土記」は唯一ほぼ完全な形で伝えられていると言われてます。
古事記と日本書紀には登場人物がおり、物語のようにストーリーがあるので
現代語訳なども面白いし、わかりやすくマンガになってたり図説付のMOOKなども発売されています。
しかし出雲国風土記は前述のとおり報告書なので、
山や川などの名前や地理的の距離などの記述がほとんどです。
(写真:シンポジウムパンフレットより)
しかしこれが、
かつての出雲国の風景を書き残したものであって、当時の景色を今に伝えているものなのです。
この出雲国風土記は歴史的にも考古学的にも、地理学、地質学など、現代につながるあらゆる
情報を残してくれた大事な書物なんですね。
どうやって距離測ってたのかわかんないけど・・・、かなーり正確なものだとも言われています。
出雲というと『出雲大社』やパワースポット!と言ってくださる方も増えてきましたが、
出雲国風土記に書かれた399社という神社の数は圧倒的で、読んでいても印象が残ります。
この風土記の編纂についてはシンポジウムの中でも語られていたのですが、
出雲国風土記は大和朝廷の命令で書いたものだと言われていて、それはつまり、
中央からの内容校正が入ったということを感じさせるわけなのですが、
その中においても風土記に記述した項目には出雲国の力の強さや独自性、堂々とした
プライドのようなものを感じることができるのは、中央から派遣されていた国司(官僚)
ではなく地元の出雲国造であったからだということです。
出雲の大和への対抗を表すものが、沢山の神社の記述なのかも、しれないな・・・って。
で、昔の出雲国を地図。
当時の中心地は明るい緑色の部分、「意宇(おう)郡」でした。
これは今現在、
『県庁』がある場所でもなく『松江城』が建築された場所でもなく、中心地でもないというのは、
県民が一番驚いていることなんじゃないかと思う・・・。そして知るべきことだと思う!
中でも「入海」と書かれた右側、今の中海がある場所の下あたりに国の中心官庁である「国庁」がありました。
でも出雲大社(杵築大社)が建設された場所は紫の場所の左(西)側。
(写真:シンポジウムパンフレットより)
そこで、<なぜ出雲大社はここに建てられたのか>
というのが大きな謎となっています。
なぜ、"謎"なのか。
あれこれ省きますが、
当時の中心地ではなかったこともありますし、出雲大社宮司の祖先である
出雲国造は意宇郡に住んでいたと言われているからなのです。
これについても先生それぞれの意見が述べられ、とても興味深かった!
今の地図。
このシンポに参加されていた、島根県教育庁文化財課長の丹羽野さんがやはり以前、
「出雲大社がなぜここに建ったのかがわかれば色んな謎が一気に解ける。」
とおっしゃっていたこともあり・・・。
これはとても難しく、興味深く、深い問題なんですよね。
意宇郡と比較し出雲大社が建てられた場所は海に近いことから、海上交易が深く関係していたり、出雲そのものが交通の拠点であった可能性、また弥生時代の激しい戦(があったと仮定して)の為の防備体制であったのではないかといった意見がありました。
出雲国風土記には様々な地域とのつながりも書かれているので、
たとえ他の地域の風土記が残っていなくても、出雲国風土記に書かれている記述からその地域
のことも知ることが出来ます。
つまり、
出雲国風土記は日本そのものの成り立ちを語っている歴史書とも言える。
なにしろこれしか完本として残っていないというのは、本当に奇跡のような出来事だと思います。
この日は<入場無料1,100人>の事前申し込みに2,400人の応募があったということで、
沢山の方が関心を持たれるのも、我々ニッポンのルーツを知るために大切な書物についてのシンポジウムだったからなんだと思いますね。
堂々とご自分の意見を講演され、私にとっては目からウロコな話が盛りだくさんだった
三浦佑之先生。メガネがセンスいい。
娘さんが三浦しおんさんなのだとか。
結構うなづいたりほぅほぅと会場から声があがっていて、興味がある方々が聴きにいらしていた様子。
内容もシンプルすぎず、基本的な事から専門的な話まで幅広く、惜しげもなく独自の説を繰り出して
くださる登壇した先生方に、うなずきっぱなしでした。
会場満席!!!
ぜひ皆さんも一度、風土記に触れてほしいです。
私にとっては出雲に生まれたことを誇れる一冊でもあり、またこの本のおかげで古代日本を
紐解いていけるとも言えます。
今読んでいるかなり読みやすい風土記、こちらです~
もっともっと書きたいことがいっぱいある、最近お勉強しまくっている55aiaiですが、
今回はこのくらいにしておこう(笑)
すんばらしいこのシンポジウムは、いつかDVDとかで発売されるかなー。もう一度聞きたいなー。
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